この図は,税金や給付による所得再分配が行われる前と後の所得格差を表す「ジニ係数」が,米国・スウェーデンの両国で1960年代以降どのように推移してきたのかを示している(次のデータベースより抽出:Solt, Frederick. 2020. “Measuring Income Inequality Across Countries and Over Time: The Standardized World Income Inequality Database.” Social Science Quarterly 101(3):1183-1199. SWIID Version 9.3, June 2022).所得再分配前のジニ係数は,米国(紫),スウェーデン(緑)である.また所得再分配後のジニ係数は,米国(青),スウェーデン(赤)である.ジニ係数が大きいほど,所得格差は大きいことを意味する.
いくつかの事実が興味を引く.第1に,1970年代中葉までは,再分配前の所得格差はスウェーデンの方が米国よりも大きかった.再分配後の所得格差も,1970年ごろまではスウェーデンの方が米国よりも大きかった.つまり,スウェーデンは決して最初から平等な国というわけではなかったわけである.ただ,再分配効果の大きさに着目してみよう.緑と赤のギャップがスウェーデンの再分配効果,紫と青のギャップが米国の再分配効果を表す.すると,次のようなことが分かる.①1970年ごろまで,スウェーデンの再分配効果はほぼ一定の大きさで推移したが,1970年代に再分配効果が大きくなった.その後はほぼ同じ大きさで推移している.②米国の再分配効果は1980年ごろまではほぼ一定の大きさだったが,それ以降は再分配効果はやや大きくなってきている.③ただし,再分配効果の大きさは圧倒的にスウェーデンの方が大きい.
第2に,スウェーデンも米国も,ほぼ同じペースで再分配前の所得格差が拡大していることが注目されるし,そもそも米国とジニ係数の値に大きな差があるわけでもない.普遍主義的な福祉国家による大きな再分配効果のおかげで,再分配前所得格差の拡大という問題が表面化していないスウェーデンと,そうではない米国という違いがみられることは言うまでもない.しかし逆に言えば,スウェーデンでは,急速に拡大する所得格差を「埋める」ために,大きな資源投入・移転を必要としているわけである.また,これ以上の所得再分配施策が難しいであろうことは,緑と赤の差がほぼ一定であることから推察される.
スウェーデンでは再分配前の格差が拡大し続けているものの,所得再分配が拡張されているわけではない.所得再分配には政治的な限界があるということなのだろう.再分配によって格差是正を図ることに限界があるのならば,再分配前の所得格差をそもそも縮小するという課題に取り組むことが,スウェーデンのような北欧型の福祉国家にとっても早晩課題になるのかもしれない.
ちなみに,このデータベースの存在を知ったのは,J.G.Palma (2023) Ricardo was surely right: the abundance of “easy” rents leads to greedy and lazy elites: A “Post-Ricardian” critique of rentier-capitalism (and its “non- creative” destruction)という論文からだった.よく知られているように,犀利な古典派経済学者であるリカードの議論の含意は地主階級批判である.つまり,不労所得である地代(レント)は,ある経済で生み出される剰余から奪取されるものであり,資本蓄積,ひいては経済を停滞させることになるというのがリカードの認識である.不労所得であるレントをもたらす資産は土地や天然資源だけではない.現代ならば,金融資産,知的財産やいわゆる「プラットフォーム」は,不労所得であるレントを生み出す資産の最たるものであろう.こうした資産の偏在が,資産所有者に膨大なレントをもたらし,所得格差と経済停滞を生み出す元凶であるという,リカードを現代化した議論をPalmaは提示している.資産所有者への所得と権力の集中,そして停滞的な経済・・・.これは南米諸国に典型的な姿である.しかしPalmaの議論が非常に興味深いのは,欧州諸国も実は,こうした停滞的な南米諸国に極めて似てきているという点である.つまり,レントが重荷になって経済が停滞するという構図が先駆的に現れていたのが南米諸国であり,欧州諸国は南米諸国に「キャッチアップ」したと捉えるべきだというのである.この議論については近いうちに詳しく検討したい.いずれにせよ,レントがいわば経済の死重になって,格差を広げるとともに経済を停滞させるという認識は,リカードからケインズに通底する問題意識であったことを,今更ながら思い出させられる.と同時に,ケインズはもちろんだが,レントの問題をクリヤに析出したリカードもまた決して過去の経済学者ではないのだと痛感する.