幸福度の測定?:『世界幸福度報告2019』について

先ごろ,「フィンランドが2年連続で幸福度世界一になった」というニュースが,日本は58位だったということと合わせて注目された.

 

しかしそもそも,この調査は幸福度をどのように測ろうとしているのだろうか?報告書(World Happiness Report 2019)の原文を見ると,幸福度を測っていると解釈できるのは,次の3つの指標である.もちろん3番目の指標は幸福度を押し下げることは言うまでもない(なお,提供されている国別データから計算すると,(1)と(2)の相関係数は0.46,(2)と(3)の相関係数は-0.32,(1)と(3)の相関係数は-0.44で,いずれも1%水準で有意である).

 

(1) 主観的ウェルビーイング:想像できる最高の生活(life)を10点,最低の生活を0点とした時,あなたの現在の生活を点数化すると何点か?

 

(2) ポジティブな感情:次のいずれも,「はい」を1点,「いいえ」を0点とし,平均点を指標とする.1) 昨日,たくさん笑ったか(smile or laugh)? 2) 昨日の多くの時間を愉快だ(enjoyment)と感じていたか?

 

(3) ネガティブな感情:次のいずれも,「はい」を1点,「いいえ」を0点とし,平均点を指標とする.1) 昨日の多くの時間,憂い嘆いていたか(worry)? 2) 昨日の多くの時間,悲しんでいたか(sadness)? 3) 昨日の多くの時間,怒っていたか(anger)?

 

原データを一瞥しよう.フィンランドが1位,日本が58位だというのは,(1)の指標における順位である.10位までは次の通り.フィンランド(7.86),デンマーク(7.65),スイス(7.51),オランダ(7.46),ノルウェー(7.44),オーストリア(7.40),スウェーデン(7.37),ニュージーランド(7.37),ルクセンブルグ(7.24),英国(7.23).ちなみに米国(6.88)は20位,日本(5.79)は58位だった.

 

しかし,(2)の指標の順位は相当異なっていて,1位から順にパナマ(0.88),メキシコ(0.88),ウルグアイ(0.88),エクアドル(0.88),ホンジュラス(0.87),エルサルバドル(0.87),グアテマラ(0.87),コスタリカ(0.87),インドネシア(0.86),オランダ(0.86)となる.ちなみにフィンランドは0.78で41位,日本は0.70で77位だった.

 

ここから私が思ったことは,次のようなことである.

 

  • フィンランドが「幸福度」で世界1位だというのは,ミスリーディングである可能性がある.というのは,主観的ウェルビーイング指標(=上記の(1))は,幸福と関係はあるが,幸福とは別の「何ものか」を測っていると思われるから.
  • 最もシンプルに解釈すれば,それは生活満足度を測っている.経済発展が著しい国の人々のように,将来自身の生活が大きく改善されると信じている個人は,概して現在の生活への満足度を低く見積もるだろう.他方,先進諸国の人々のように,将来自身の生活が大きく改善されると考えていない人々については,現在の生活に大きな不安・不満がない限り,概して現在の生活への満足度は高くなるだろう.反対に,現在の生活に不安・不満があれば,生活への満足度は低くなろう.そうだとすれば,依然として基本的には福祉国家の骨格を維持している北欧諸国が上位に並ぶことは不思議ではないし,また生活保障に不安を抱える日本が先進国中で下位に位置することもまた不思議ではない.
  • アランやラッセルの『幸福論』を引くまでもなく,幸福が多分に主観的なものだというのは多くの人の感覚でもあるだろう.生活満足度は,幸福を実現するための客観的な物質的基盤を反映していると考えられるから,幸福にとって枢要な要因に違いない.しかしやはりどこまで行っても,生活満足度は幸福そのものではない.だから,主観的ウェルビーイングが幸福度の指標だと考えるのはミスリーディングだと思う.

 

「主観的ウェルビーイング」を生活満足度の指標だと考えると,フィンランドをはじめとする北欧諸国が高い値をとることには納得がいく.換言すれば,それは幸福度の指標というよりも,個人が幸福になる社会的・物質的基盤を反映する指標だと考える方が自然である.